Oct 07, 2009
IDカードは、各地で普及して
今の現代社会は、別名"IT社会"とあり、その中のIDカードが広く活用されています。修学旅行で宿泊するホテルの一つにIDカードキーの部屋で宿泊しており、私は塾にも入室と退室時にIDカードをスキャンしています。このような今の現代社会では、IDカードは必要不可欠なものであるといえるでしょう。これからもずっと。クレジットカードは1枚〜2枚に入れておかなければならない。それ以上の枚数を持ってしまう危険性だけが大きくなる。ちなみに、クレジットカードを作成する場合は、キャッシュフレームをゼロにすればよい。クレジットカードはどこまでもショッピング利用する。キャッシング枠があると誘惑に負けることもあるので必要ないのだ。
◇やるぞ気合十分 出場決定、感激新た
センバツ出場決定から一夜明けた29日、関西と創志学園両チームは、決定後初めての練習に汗を流した。夢の舞台への切符を手にした選手たちは一段と気を引き締めている。【五十嵐朋子】
◇関西高、明るい顔で
北区楢津の関西高グラウンドでは、関西の選手たちが実戦を想定した試合形式の練習に臨んだ。打球が大きく飛んで外野手の前で落ちると、江浦滋泰監督からは「今のはノーバウンドで捕れるぞ」と野手に厳しい声がとんだ。選手たちは大きな声をかけあって気合十分。打撃練習でいい当たりを放った小倉貴大選手(2年)は明るい表情で「(センバツ出場は)まだ実感がわかない。これから調整をしっかりして、甲子園には絶好調で臨みたい」と話した。
◇創志学園、グラウンドに大きな返事響く
創志学園の選手たちが練習する北区いずみ町の県営球場でも、攻守に気合の入った表情で練習に励む姿が見られた。
二塁を守った末谷修人選手(1年)は、二遊間への強い打球をさばき、走者を刺した。「昨日はうれしくて興奮していたけど、今日から気持ちを切り替えないと」と引き締まった表情で話す。練習後、長沢宏行監督が「(甲子園に)出られるだけでよしと思うな」と選手たちに声をかけると、「はい」とひときわ大きな返事がグラウンドに響いた。
1月30日朝刊
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第83回センバツ高校野球:出場校決まる 21世紀枠、つかんだ夢
第83回選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)に4年連続21回目の出場を決めた天理は、決定から一夜明けた29日、親里野球場(天理市)で元気に練習に励み、甲子園に向けて本格始動した。
寒さにもめげずランニングやストレッチで体を暖めた後、キャッチボールやノックなど基本練習を入念に行った。球場には「元気出して行くぞ!」と気合の入った選手たちの声が響いた。
森川芳夫監督は「甲子園までの1カ月半、試合感覚を取り戻すなど、しっかりと準備をしていきたい」と話した。【山崎一輝】
1月30日朝刊
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◇若生監督「彼らがかわいくて仕方がない」 帰郷思いとどまる 慕ってくれる選手に応え覚悟
就任から4年を迎えた09年秋。九国大付の若生正広監督(60)は決意を固めた。
「一区切りついた。故郷の仙台に帰ろう」
27年ぶりに夏の甲子園に導いた直後だった。達成感、病気、古里への思い……。
仙台市の出身。母校の東北(同市)監督としてダルビッシュ有投手(現・北海道日本ハム)らを育てた。彼らをプロに送り出した後の05年秋、単身、北九州市入りした。逸材を生み出し、チーム強化の手腕を買われた。
「東北人は内向的。外に出て『自分たちはできるんだ』というところを見せたかった。東北の野球が九州で通用するか試してみたくもあった」
しかし、その思いはもろくも打ち砕かれた。強豪ひしめく福岡で、従来の手法は通用しなかった。
背景には、東北地方特有の野球事情があった。近年、宮城県は「私学2強」と呼ばれ、東北と仙台育英がほぼ交互に甲子園に出場してきた。監督とすれば仙台育英に勝つことだけ考えればよかった。
ところが−−。「福岡では意外な公立校のエースが打てなかったり、毎試合仙台育英と戦うようなもの。参りました」
しかも06年夏には突然、病魔に襲われた。腰から下に力が入らなくなる原因不明の難病「胸椎(きょうつい)黄色靱帯(じんたい)骨化症」。杖(つえ)が無くては歩けなくなった。
09年、九国大付は念願の甲子園で初勝利を挙げ、3回戦まで進出。「4〜5年で甲子園に出るチームを作る」との監督就任時の「公約」を果たした。帰郷しリハビリに専念しようと思った。
とはいえ、就任5年目を迎えたチームは「九国の若生」を慕って集まった選手ばかりだった。エース三好匠投手(2年)もその一人。近くの市立大谷中の出身で、軟式野球部のエースとして全国大会では3位に輝いた。
当時、九国大付の佐伯健司部長(46)も三好投手の活躍ぶりに注目したが「30年近くも甲子園から遠ざかっている我が校に来るはずない」。だが、三好選手は「家から近いし、若生監督のもとで確実にチーム力が上がっている」と入学した。同様の選手が相次いだ。昨秋の主力選手は9人中7人が県内出身者で占める。
若生監督の気持ちは揺らぎ、そして覚悟を決めた。「彼らがかわいくて仕方がない。この学校を野球人生の集大成にしよう」
◇ ◇
29年ぶり2度目のセンバツ出場を決めた九国大付。出場決定までのチームの軌跡をたどった。【高橋克哉】
〔福岡都市圏版〕
1月30日朝刊
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